ディスプレイの前に座った観客を、ある多数決の場に映像の出演者として巻き込むインタラクティブ映像。観客は映像内の出演者に質問され、自分の意見を主張するため「手を挙げる」ことで、物語を演じ進めて行くことになる。メディアを通して流れる膨大な情報のほとんどが無視される時代において、いかにして、受容者が「自分ごと」に感じるメディアを生み出すことができるか。目の前の映像に突如として映り込む自分を客観視することは、それを感じざるを得ない。その上、映り込んだ映像の内容に応じて、普段とは少し違う、でもありえたかもしれない自分を演じる身体感覚は「自分ごと」をより強調する要素なのではないか。そう考え、映像によって観客が自ら演じてしまう状況を作り出すことを試みた。この体験は自分を演じること以上に、実社会に向けての予行演習でもある。
あるテーブルの椅子に座ると、そのテーブルに集まって会議をしている若者達がディスプレイに映し出される。
ふと、見ていると映像の中に「自分自身」が紛れ込んでいる。映像の登場人物から親しそうに質問を投げかけられ、自分の決断の通りに多数決が決定し、自然体の仲間ができたような感覚に包まれる。
このリアルタイム観客実写合成+物語選択インタラクション作品は、映像空間の設定と同じように展示空間の設定を再現されている
(人物位置、カメラのポジション、アングル、照明のセッティングがナイス)。なので、参加感がとてもスムーズ、手を上げる観客が多数になるように設定されているので、自分が決定権を持っているかのような感覚が味わえる。
「観客をリアルタイムでクロマキー合成している。またKinectによって手の上げ下げを認識し、物語を分岐させている。」(早川)
作者は2016年から「出演者としての観客」の探求と「自分ごと」に感じるメディアの形式を生み出せないか?がテーマで作品を発表し続け、その成果がこの作品に結実している。 この作品を体験してみると、日常の延長線上のありえたかもしれない自分自身に、ふと、ほくそ笑むことができる。「自分ごと」に感じるメディアの可能性を広げている作品だ。
現在は過去に記録された世界とは断絶されているにも関わらず、記録されたメディア(映像)に介入することで、体験者はそこに何かしらの繋がりを感じる。あるいは、自ら繋がりを作ろうと(繋がっているように見えるように)、振る舞うかもしれない。合成により映像内に入るというシンプルなインタラクションからシステムは何も反応を返さないが、そのことにより、体験者の脳内に能動的な作用としてのインタラクションを作りだす。