Curating Frame
インタラクティブアート|2018
Curating Frameは自律移動する額縁と風景に少しとぼけたタイトルをつけるキャプションからなる、日常風景を作品化する機械です。デジタル情報にばかり時間が奪われている今に対抗し、実世界に対して注目・観察・解釈するきっかけづくりをします。
自律移動する額縁は物があるか判断をし、その場所まで風景を切り取りにいきます。人の手によって作品が決められるのではなく、機械により美術空間自体が移動して作品を作り上げていきます。
また、キャプションは、額縁の風景から機械が何が映っているのかを判断しタイトルをつけます。現在の最新の識別モデルによる精度はかなり高く、ほとんど人と同じような解釈しか与えないため、判断にはわざと誤認識を誘発させることで作品らしいタイトルをつける工夫を入れています。
いつの日か、これらの美術用品たちが野生化し、機械の視点や気づきを与える展覧会を勝手に街中で開くのを願っています。
日常におけるすべてのものが美術作品になりうる、ありふれたものが、あるフレーム(型)を与えるだけで作品に変容してしまうという現代美術の構造を、最新のテクノロジーを無理なく使いこなし的確に捉えた、批評性のある秀逸な作品である。それは非常に示唆的で、額や台座が主体性を持った時、マルセル・デュシャンの「泉」宜しく、レディメイドという概念や、「見るものが作品をつくる」と彼が言ったように、鑑賞者という主体が作品にとって重要であることを明快に伝えている。また、オブジェクトの置き方でタイトルも変わるという部分は、この作品においてとても重要な点である。100年前からはじまった現代美術は、往々にしてそういった些細な問題を大げさに扱っていたりする。