Only on the iPhone
写真|2021
ART DIVISION BRONZE
ART DIVISION PLATINUM
本作は、本来データの送受信に使用するiPhoneのAirDropという機能を使い、家電量販店の販促用iPhoneの中に堆積する誰が撮影したのか分からない、しかし翌日には店員に削除されてしまうであろう刹那的な写真を作者のiPhoneに転送することで、データとして収集し、アーカイブ/展示をする。
そうした写真の被写体には、ただそこにあるiPhoneが多く選ばれたり、撮影者の手が写り込んでしまったりなど、いわば人に見せることを前提とせず無意識に撮影が行われているような写真が多々ある。本作ではそういったオフラインで無意識な写真に限定し、収集を行っている。家電量販店に設置される販促用iPhoneという誰にでも撮影の権限がある端末で、着飾らず、無造作に撮影された写真が、iPhoneの流通によって起こる撮影という行為へのハードルの著しい低下と、それが及ぼすメディアに対する態度の変容を映し出す。
メディア理論家のホセ・ファン・ダイクが「メメントからモメントへ」というスローガンで示したように、デジタル写真のコモディティ化は写真の使い捨てを加速させた。写真はその主な役割を、思い出の防腐処理から刹那的なコミュニケーションで「これを見て!」と対象を指差すための指示詞へと変えたのである。この作品で取り上げられる写真は、そうした「使い捨て写真」の極北だ。これらの写真はみな、家電量販店の片隅で、iPhoneのカメラ性能を確認するためだけに撮影されている。何が映っているかさえ鑑みられず、数時間後には従業員に削除され、誰からも鑑賞されることのないまま永久に失われるはずだった写真を、作者はiOS標準機能のAirDropで拾い集める。顔の見えない誰かによってカメラ性能自体を表現するためだけに撮影された写真。それは、デジタル化による技術体系の大規模な変革によって写真のフォーマリズムが霧散したあとの、陳腐化したモダニズムの悪夢のようにさえ思える。
家電量販店のiPhoneで撮られた写真を取り出し、作品として並べて展示するという一見シンプルな仕立ての本作。匿名的で何の変哲もない写真群が、作者の視点と手を介することで気配や状況など豊かなナラティブを含む対象へと変容することに驚きました。何より店舗での試し撮りに着眼した点が素晴らしく、スマートフォン登場以降変容してきた撮影という行為や写真の位置付けを端的かつ顕著に表す状況・手段として秀逸です。さらにデータの所有やその利用における倫理、作品性など、本作には議論を呼ぶ余白が多く存在し、深掘りできる奥行きがあります。作者は多作で既に実績を有しますが、本賞がさらなる飛躍の一助になればと願います。