聴常現象 Vol.1

聴常現象 Vol.1

作曲作品、演奏会|2023

杉野 智彦

愛知県立芸術大学

アート&ニューメディア部門 優秀賞

ART & NEW MEDIA DIVISION EXCELLENCE AWARD

僕は難聴だ。3歳から感音性難聴を患い、5歳からピアノとヴァイオリンをはじめた。現在は、作曲家のある大学院で勉強を重ねている。僕が患う感音性難聴は、内耳やそれより奥の中枢の神経系に障害がある場合に起こる難聴だ。聴力が回復することはない。この自身の境遇を生かした研究「聴覚障がいをもつ作曲家が、そのハンディキャップを還元する方法」の一環として本演奏会を企画した。 本演奏会では、精密な聴力検査を実施した結果を、可聴域や両耳聴など、聴こえを要素ごとにわけ、応用した作品を発表した。

聴覚障害は目に見えない障害として知られる上に、言葉で表すのが難しい。健常者においても、誰1人として同じ聴覚を持つことはない。そのため、誰1人として同じ音を聞くことはない。私たちには何が聴こえていて、何が聴こえないのか、実は何もわからないのではないだろうか?

審査員コメント

  • 「誰1人として同じ音を聞くことはない。」と作家本人が言いながらも、自分の聴こえ方を技術をもって伝えようと試みること、また自身の聞こえを反映させた「杉野フィルター」から他者の「それぞれ自身の聴こえへと回帰していく」ことは、自分と他人との距離もまた際立たせる卓越した表現でもあると感じました。私たちは本当は何が聴こえて、何が聴こえてないのか。音楽だけでなく聞こえ方そのものをひとつのコミュニケーションとして成り立たせようといることは音響表現でもあります。また他の作家との共創の表現だったり、またそのタイトル『聴常現象 Vol.1』というネーミングの軽やかなユーモアも、ひとつひとつに力量やセンスを感じる作品でした。

    滝戸 ドリタ アーティスト/ディレクター/デザイナー