「防災無線通信」は、ホーンスピーカーとアクティブスピーカーからなる行政防災無線を模した音響装置によって上演される音楽作品です。展示空間にあわせて設置した音響装置から、時報の形式で所定の時間に音楽が上演されます。
全国約1700箇所もの自治体に配備される防災無線。その多くが普段は時報を鳴らす目的で使用されています。ドヴォルザークのラルゴに代表される郷愁誘う時報音楽の数々は、日本特有の情景を形作るものの一つであるといえるでしょう。同時にそうした時報音楽が、いつか来るかもしれない災害時に備える目的でされている背景からは、防災の名の下に、人々が共同体へ一体化していく全体主義的な力が現れています。本作では、そうした状況を誇張的に引用しながら、音楽によって展示空間内に、フィクショナルな共同体と危機的状況を作り出します。
取材協力:伊賀市役所管財課
声:黄遥、永田武
引用:吉本隆明,「海はかはらぬ色で」(詩),『 吉本隆明全集〈1〉 1941-1948 』,晶文社,2016
Antonin Dvorak ,「”Largo” from Symphony No. 9, “From the New World” 」(音楽) , 1893
夕方になれば誰しも思い出す、あの音楽。幼少期、どこから流れてくるのかと疑問に思ったこともあるだろう。街の辻々に音を届ける「防災無線」は、私たちの生活にとって当たり前で、存在を意識すらしない。この防災無線に着目し、背景や社会性、政治性を思考。優雅な曲調と不安感を煽るサイレンの組み合わせは、音を一方的に暮らしの中に流す力には全体主義へとつながる暴力性があることを示唆し、牧歌的な夕暮れの音楽とのギャップが強調される。またインスタレーションとして、共用部である階段をうまく利用して構成されており、場所の意味性や鑑賞者の体験を十分に理解・想像して仕上げていると感じた。着眼点、明快な文脈、人の心を強く揺さぶる力を評価した。